2022年10月から半年にわたり、当社の地震対策・防災用地図『帰宅支援マップ』の編集担当が、本社(千代田区)の近隣にある麹町学園女子高の探究授業として実施されている、みらい科特別授業「製品開発実習」の講師として、高校2年生の60数名の生徒のみなさんと「防災地図」作りに取り組みました。
その中で大きな課題となったのは、防災を「自分事」と捉えることの難しさです。麹町学園では9月に防災士を招き、防災に関する授業を行っており、生徒のみなさんは防災意識が高く、知識も持っています。ところが実際に麹町周辺を歩き、地震の際の被害想定を行って備えをイメージする作業をしてみると、「地盤の状態」「建物の耐震強度」「ライフライン途絶」「病院の少なさ」「通信障害」「群集雪崩」など、 気になることが次々と現れ、地震に対し有効な備えを講じる大変さを一同痛感しました。
そこで、当初の授業計画を大幅に見直し、授業以外の時間も使っていただきながら企画を紡ぎ、さらには各自が課題を明確にして様々な調査・研究を行ない、防災地図を具現化できたのです。
このコラムでは、その授業の経緯を辿り、普段、紙の地図を見ることがほとんどなかった生徒のみなさんが、いかにして地図を知り、大地震の際に役立つすばらしい「商品」を作ったのか、その一部始終をご覧いただきたいと思います。
昭文社グループの本社は東京都千代田区麴町にあります。会社から見える、まさに目と鼻の先に、麴町学園女子高があります。
◆左:麹町の本社から見た麴町学園女子高、右:校舎入口付近
麴町学園女子高では、探究授業として実施されている、みらい科特別授業「製品開発実習」を近隣の企業と長年実施しており、2022年度は同じくご近所の株式会社ニップンさんと当社(昭文社グループ)に打診がありました。特に当社担当としては「防災地図」制作をご希望、とのことで、16年にわたり『帰宅支援マップ』を出版している当社グループとして、社会貢献、地域貢献に微力ながらご協力できれば、とお受けしました。
みらい科ご担当の河越多衣子先生と打ち合わせを開始したのは夏真っ盛りの8月でした。先生ご自身が「地図が大好き!」ということで、お会いして早速意気投合、授業への期待が膨らみます。
◆みらい科について説明する河越先生
麴町学園女子高で展開されている「みらい科」授業。下記のようなコンセプト・方針の下、個性を伸ばす魅力的な授業が行われています。
(麴町学園女子高ホームページより引用)
今回の地図作りはこの授業の一環として行われました。単なる「地図作り」に終わらず、この経験を将来に繋げていただけるよう、当社としてもできる限りのご支援、工夫をしていこう、柔軟にプログラムを調整し「やってよかった」と言っていただける授業にしよう、と誓ったのでした。
先ほど記載した通り、麹町学園では9月に防災士を招き、防災に関する授業を行っており、生徒のみなさんは防災意識が高く、知識も持っています。さらに日頃の授業や修学旅行などで培った団結力、プレゼンテーションスキルも活かし、60数名の生徒さんをいくつかの班に分けた上で、主に地震対策のための「防災地図」作りを進めて、翌年2月には完成した地図のプレゼンをしてもらおう、ということでまとまりました。
◆当初の授業計画案
授業計画に基づき、10月から授業を開始しました。初回=「全体的な計画のガイダンス」、2回目=「出版物作りとは?地図とは?」と進めていく中で「地図を見たことがありません」という生徒さんが大半であることがわかりました。ある程度想定はしていたものの「紙の地図を見たことがない」「地図ってどんなもの?」という反応、戸惑いはかなりのもの。「一度スイッチが入ればみんながんばる子たちなんです」と先生方からお話しいただいたものの、講師陣としては「そのスイッチ、果たして見つけられるのか…」とプレッシャーを感じ始めます…
当初計画では、3回目となる10/26の授業で地震の被害想定をディスカッションして、先に進んでいこうと考えていました。しかしこれまで2回の授業で「地図って何?」という状況の中、ここは立ち止まっていろんな地図を見てみよう、ということになり、当社だけでなく、世の中にあるいろんな地図や画像をお見せして、その特徴等をお話ししてみることにしました。
今は衛星画像もストリートビューも当たり前に見ることができます。わざわざ約束事を決めて、写真を絵のような図にしてしまったらかえってわかりにくいんじゃないか。なぜリアリティよりもダイジェスト(抽象化)された地図のほうが使い勝手がよいのか。
地図に載っている要素を分解して見てもらうことで「多過ぎる情報を目や頭が取り入れやすい形に変えている」ことが少しずつ伝わっていったように感じました。文字・マーク、建物・公園、鉄道・道路・川・区界といった線をそれぞれ組み合わせて、どこに何があるのか一目でわかるように作ってあること、を衛星画像等とも見比べながら、じっくりお話しします。
薄皮を剥がすように一歩ずつ、地図作りが見えてきました。このタイミングで、河越先生とご相談し、焦らず地図作りを丁寧にお伝えしていく授業計画ができあがります。現地調査や調べモノの時間もたっぷりとっていただけるよう学校側にご調整いただきました。本物の地図を作っていただくため、授業以外にも時間を割いていただくこと、そのためには当社側も資料作り、授業準備で妥協をしないこと、の覚悟を決めました。
◆11月時点で修正した授業計画案(赤字のところが変更したところ)
地図とはどういうものなのか、おぼろげながら生徒さんにイメージが形作られていく中、並行して「防災地図」には何が必要か、も探る必要があります。11/2の第4回目の授業では、参考材料としてまず東京都の被害想定がどんなものなのか、公式サイトにある資料類を使って説明したのち、12に分けた各班(概ね4~6名)ごとに、被害想定を話し合ってもらい、発表することにしました。
◆各班が話し合って発表した被害想定一覧
みなさんさすがは防災教育を受けているだけあって、しっかりと被害を想定してくれました。ちょうど韓国の群集雪崩の報道があったばかりで、地震の際の群集雪崩のリスクについても考えてみよう、とご提案し、それを被害想定に取り入れてくれた班もあります。
ここまでくると、「企画の芽」みたいなものが少しずつ見えてきたように感じました。ただ、実際に地図にするにはもうひと手間、二手間かけないと、形にはなりません。生徒さんたちの苦悩が続きます。
被害想定や地図へのイメージが固まってくると、いよいよ企画としての大詰めは「テーマ決め」です。自分たちの作る防災地図のテーマ(主題)を何にするのか。これは被害想定と密接にかかわってきます。そこで、11/9の第5回目の授業では、被害想定と地図に載せる内容、扱いたいテーマを相談し記載できる「ディスカッションシート」を配布、班ごとに相談しながら書き込んでもらいました。
◆全12班のディスカッションシート公開!
実はみなさん、タブレット端末を持っており、授業でも使用しています。しかしここでは敢えて「手を動かす」ことをお願いしました。地図制作の現場も今は基本パソコンでの作業がほとんとです。しかし実際に地図を作るには、まず手を動かしてみることも、脳の使い方として重要だと思ったのです。実際の授業では11/9に加え11/16の第6回目の授業までかけて、みんなで相談し、シートがまとまりました。
実際にシートをご覧いただくとお気づきかと思いますが、みなさん、被害想定と地図を結び付け始めていますよね。これは頭の中でも同じことが行われているんです。出来上がりのイメージがちょっとだけですが浮かんだ班もあったようです。
さあ、この貴重な素材を活かして、いかに地図企画を膨らませるか。そこに立ちはだかるのが「調査」「取材」「裏取り」です。
「ディスカッションシート」でかなり具体化した地図作りですが、ここで大変なのが調査、取材です。いくらよいテーマが浮かんでも、地図にするにはそのテーマを構成する要素(地図情報)を入手できなければ作れません。「古い建物は危険なことが多いから、建物の古さを地図にしよう!」と思った班は、実際に歩いて調べてくるか、WEB上で探すか、電話などで役所に聞くか、いくつかの手段で調査・取材をしなくてはならないのです。それが「裏取り」です。命にかかわる防災の地図だからこそ、正確な情報源、綿密な調査に基づいていることが求められる、そんなお話をしました。
11/30、特別に2時限連続でとっていただいた授業は、前半、近隣の地区を実際に歩き、現地調査の仕方や目の付け所をレクチャー。後半は教室に戻って、実地調査以外にWEB上で参考情報を探す方法、参考サイトなどをレクチャーしました。
◆現地で調査の仕方や見るべきポイントを聞く
◆実際にタブレットで調査結果を書き込んだシートの例
◆現地調査から戻り衛星画像や航空写真などの閲覧を実践
11/30に実施した第7・8回目の授業のあと、12月は他の行事等もあり、みらい科の実習はありません。次回は1/11。そして年明けはわずか3回の授業ののち、プレゼンテーションとなってしまいます。
現地調査のやり方やWEBでの調べ方が少しわかったとはいえ、実際に地図を作るための裏取り、調査取材はプロでも大変です。
「調査範囲・内容を決め、自主的に調べてください」とアナウンスしたものの、思うように進まない班もありました。そこで12/22、当初予定になかった各班ごとの面談を実施しました。
これまでの進捗状況をじかに確認し、各班の現状を六角形のチャートで示して、現在の課題や不安点をヒヤリング、冬休み中にやれること、を相談します。内容は先生方にも共有し、年明けの授業までに今日話した目標に向け、メンバー間で連絡を取り合いながら自主的にがんばってください、とお願いして2022年の実習は終わりました。
◆面談時に使った六角形チャート
冬休み、先生方のサポートもあって、みなさん精いっぱい調べたり相談したりしてくれたようで、無事、第9回目の授業を1/11に行うことができました。
ここでは地図編集部門のスタッフから地図のデザインに関する基本的なポイントをレクチャーしました。文字・記号の置き方や線、色のこと、見やすくてわかりやすい地図にするために、いったいどんなことを工夫しているのか。みんな興味津々です。「製品開発体験学習」らしくなってきました。
◆デザインの基本をお話ししたのち地図で実践例を示す
この日習ったことをすぐに実践してもらうため、宿題を出しました。「自分なりに台紙となる麹町の白地図に情報を書き込んでみてほしい」というお題です。難しい課題ですが、「スイッチ」が入った生徒さんが何人もいて、なかなか優れたものができてきました!みんなでこの地図のよさを共有し、いよいよ本格的な地図作り作業へ進みます!
◆参考となる宿題実践例
翌週1/18は一連の授業のクライマックス、「地図の作り方」です。まず小さめなレイアウト原稿を作って、タイトル、地図、凡例、使い方、但し書きといった必須要素をどこに置くのか決めます。レイアウト原稿の作成がその日の宿題となり、各班提出後、そのレイアウト原稿を元に、当社で台紙となるA3サイズ2枚のモノクロ地図を用意。2/8の最終授業でそれを貼り合わせた上で、各班で調べたことを実際に描いたり貼ったりしました。
◆地図商品に必要な要素を説明
◆実際に提出されたレイアウト原稿の例
◆レイアウト原稿に従って要素が配置された台紙に書き込んで地図を作る
作成にあたっての疑問や急なレイアウト変更希望など、次々に出てくる課題を最終授業で確認し、調整。あとは1週間後のプレゼンまでに仕上げることに。ラストスパート、最後の頑張りです。
2/15、ついに最後となる授業。いつもの教室より一回り大きい視聴覚室で、12班のプレゼンが行われました。1班あたり5分以内、順番はクジ引き。基本、メンバー全員が話す形で、次々と発表が進みます。当社講師陣もプレゼン評価(地図そのものの評価は後日実施)に参画させていただきましたが、普段のトレーニングがすばらしいのでしょう、流れるような見事なプレゼンが続き、一同胸が熱くなりました。地図内容にとどまらず、企画趣旨や制作の苦労、感想まで入った班もいくつかあり、見ごたえがありました。
◆プレゼンの様子
以上で製品開発体験学習はすべて終了。みなさん、通常授業や行事もある中、本当に本当によくがんばりました。
完成した地図は一旦すべて当社でお預かりして、地図のプロたちによる綿密な評価が行われました。優秀作品も選定しています。さあ、気になる「防災地図」の出来映え、その全貌は別コラムにて発表いたしますので、乞うご期待!
麴町学園女子高の地図作り授業、いかがでしたか?生徒さんのがんばりと先生方のご指導により、すばらしい地図が完成しました♪
このコラムのほか、できあがった地図をご紹介するコラム、さらにこの地図を作ったことで、生徒さん、先生、講師陣にどんな防災意識の変化が起こったのか、実際に地図を持って歩くことの意義とは何なのか。そうした効果等についても、今回残しておきたいと思います。少しでも今後の減災に繋がれば幸いです。
まとめページをご用意しましたのでぜひご覧ください。