【はじめに】東日本大震災から15年を迎えるにあたって
本文に入る前に、東日本大震災をはじめ、これまでに各地で発生した災害によって犠牲となられたすべての方々に深く哀悼の意を表しますとともに、現在も悲しみを抱え、あるいは復興の途上にある皆様に心よりお見舞い申し上げます。
日本のどこにいても、私たちは災害と無縁ではいられません。海沿い、山間部、豪雪地帯、そして大都市。住む場所によって直面する脅威は全く異なります。本コラムでは、私自身の経験に基づき「東京都心における帰宅困難と72時間待機」という大都市圏特有のテーマに焦点を当てて検証を行いました。環境は異なりますが、「想定外の事態からどう命を守り、どう備えるべきか」という根源的な問いは、全国共通の課題です。この記事が、皆様がそれぞれの地域やご家庭の環境に合わせた「自分だけの備え」を見直す、小さなきっかけの種となれば幸いです。

大地震が発生。道路は寸断され、電車は止まった。家族の安否が気になる。……あなたは今すぐ帰りますか? 多くの人は帰りたいと思うはずです。私も15年前、そうでした。
東日本大震災の発生時、私は実際に40km以上の道のりを歩いて自宅を目指しました※1。しかし、あれから15年が経過した2026年現在、社会の考え方は大きく変わっています。今は「一斉帰宅抑制」と「発災後72時間の待機」が基本とされています。
かつて「歩いて帰る」ことを選択した私が、今回は都内のカプセルホテルに滞在し、「帰らない」という選択を検証しました。目的は単なる「避難生活の疑似体験」ではありません。救助活動の妨げにならない行動を取りながら、自身の安全を確保するために、「帰宅しない72時間」をどのように成立させるか。そのために必要な備えや工夫を具体的に確かめるシミュレーションです。
※1 2021年のコラム「すぐに行動しない勇気」東日本大震災直後、実際に40km以上も歩いて自宅を目指した社員が思う、地震時の行動⇒https://www.mapple.co.jp/blog/13443/
|| 体験者プロフィール
竹内 渉(たけうち わたる)・・・昭文社ホールディングス広報担当。茨城県在住。
大規模災害時、人命救助に際して生存率が急激に低下するタイミングは72時間(=24時間×3日)と言われています。この間に帰宅困難者が一斉に移動すれば、救急車や消防車の通行を妨げ、救助活動に支障が出る可能性があります。さらに、余震による看板の落下や火災の発生など、移動中に二次災害に巻き込まれるリスクも否定できません。
また72時間は、ライフラインの復旧や救援物資の到着が見込まれるひとつの目安でもあります。「むやみに移動を開始しない」ことは、社会全体の混乱を抑えるだけでなく、自身の安全を守るための現実的な選択といえるでしょう。
参考資料:東京都防災ホームページ「帰宅困難者対策ハンドブック」
⇒https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/bousai/1000031/1001369.html
今回の体験では、できるだけ実際の災害時に近づけるための制約を設けた一方で、業務その他の事情により実際の災害時とは異なる条件となった部分もあります。
期間:2026年2月25日(水)16:17~2月28日(土)16:20(約72時間)
場所:カプセルホテル(ナインアワーズ人形町)を主な拠点とし、最終日に晴海のコワーキングスペース(コインスペース ららテラス HARUMI FLAG店)へ移動
食事:体験開始時に購入した備蓄食と、1日1回の買い出し(おにぎり+ラムネなど)でまかなう
水:同じく1日1回(1リットル)の買い出しでまかなう。ただし、シャワーはホテルの施設を使用
充電:施設のコンセントは業務用PCのみ使用、携帯の充電には持参したモバイルバッテリーのみを使用
通信:期間中に業務は行うが、通信時間を意識的に制限する
特例:体験終了日にイベントがあったため、連日シャワーを浴び着替えた
なお施設の運用上、11:00~15:00はカプセル内に滞在できないため、その時間帯はホテルのラウンジで過ごします。
リュックの総重量は約9kgで、ノートPCなどの仕事用機材を除くと7~8kgになります。私は震災以降、長年こうした重たいリュックを背負い続けてきました。今回、15年前の経験を踏まえて装備を改めてブラッシュアップし、リュックも重さを感じにくくポケットの多いものに変更して、この体験に備えました。
リュック:Evoon マルチビジネスリュック5.0(機能性と重量分散を重視)
電力:モバイルバッテリー(2万6800mAh)、充電用プラグ、各種コード
防寒:防寒用手袋(ミズノ ブレスサーモ)、指ぬき軍手、カイロ、アルミシート2枚
衛生:ティッシュ、ボディシート、キッチンペーパー、除菌用電解水、携帯トイレなど
電気製品:ヘッドランプ、ラジオ、予備電池、万能工具セットなど
文房具類:修正液、付箋、メジャー、予備ボールペン、ボールペンインクなど
医療:キズパワーパッド、のど用消毒飴など
それでは、検証結果を時系列で見ていきましょう。
16:17にチェックイン。外は強い雨が降っていました。15年前は晴天でしたが、雨天時の被災は体力の消耗が大きいため、冷え対策の重要性を実感しました。
荷物をロッカーに置いて、食料の買い出しに出たところ、さっそく最初の壁に直面しました。備蓄食の定番である乾パンを求めてドラッグストアやコンビニなど計8店舗を回りましたが、どの店にも見当たりません。都市部であっても、乾パンをすぐに確保するのは意外と難しいことを実感し、やむを得ず代替としてカロリーメイトとクリーム玄米ブランを購入しました。
災害食の選択肢が増えたと感じる半面、食べ慣れて飽きのこない乾パンが簡単に買えないことで困る方もいるだろうと思いました。ネットで買える方がそうでない方に定期的に届けるといった支え合いの形も、平時から考えておく余地があるかもしれません。
夕食はおにぎり1個と水。不足分はラムネや飴で補いました。災害初日は食料確保が難しいことを想定し、あえて空腹の状態で過ごします。業務中にスマートフォンの電池残量が30%を切ったため、モバイルバッテリーの使用を開始。「眠れるときに眠る」ことを優先し、NHKラジオを聴きながら21:30には就寝しました。
夜にラジオをたくさん聴いているうちに、NHKラジオが2026年3月末に第1・第2・FMの3波からAMとFMの2波へ再編されることや、民間のAMラジオ局の一部でもFM帯(いわゆるワイドFM)への移行が進んでいることを知りました。
受信機によっては90MHz以上を受信できない機種もあるため、ワイドFM(90.1~94.9MHz)に対応しているか、事前に確認しておくと安心です。
この機会に自宅や通勤・通学先のラジオ局の周波数を、ぜひ確認してみてください。
深夜2:00ごろ、周囲の物音で目が覚めました。ホテルという恵まれた環境であっても、他人の気配や音は安眠を妨げます。朝方に再び眠れたのは温かい布団があったからこそで、避難所であればさらに過酷な状況だったでしょう。
起床後、シャワーを浴びましたが、「もしこれが使えなかったら」と考えずにはいられません。ボディシートで体を拭くことは可能でも、冬の寒さや夏の発汗を思えば、身体的にも精神的にも大きな負担となります。
朝食はカロリーメイトのみ。空腹感は強いものの、水を節約しようという意識が働き、あまり飲もうという気になれず、食が進みにくい状況でした。結局、この日消費した水は、歯磨きや手洗いも含めて約1リットル。本来であれば水分が不足しています。寒い時期であっても、意識して水を摂取する必要があると実感しました。
さらに、滞在環境の不自由さも無視できません。11:00~15:00はホテルのラウンジで過ごす必要があり、背もたれのない椅子に座り続け、横になることもできませんでした。自由に休息や移動ができない状況は、体力だけでなく心理面にも確実に影響します。ホテルという比較的恵まれた環境でさえ負担を感じるのですから、実際の避難所ではその影響はさらに大きくなるだろうと感じました。
約9kgのリュックは、備えを携えているという安心感を与えてくれる一方で、大きな「足かせ」にもなりました。ホテル内でもロッカーが使えない11:00~15:00は、盗難やトラブルへの不安から、トイレに立つ際でさえ荷物をすべて持ち歩かなければなりませんでした。これが避難所であれば、緊張感はさらに高まるはずです。
疲労が蓄積するなかで重い荷物を背負い続けるのは容易ではなく、とりわけ高齢者や子どもにとっては現実的とは言えません。だからこそ、避難所運営においては、施錠可能な保管スペースの確保や、荷物預かりのルール整備、共用備蓄の充実といった具体的な体制づくりが不可欠だと感じました。
後編へ続く⇒【検証】心身ともに削られる……肌で感じたリアルな「72時間待機」
構成・執筆:稲垣 宏樹(旅行書ライター、Webライター)
)) おことわり ((
◆本企画は、被災体験そのものを完全に再現することを目的としたものではなく、一人の生活者として体調や安全に配慮しながら、無理のない範囲で実施した疑似体験・検証です。待機や帰宅の疑似体験・訓練等を行う際は、くれぐれも安全に留意し、無理のないようお願いいたします。
◆本コラムは、防災・減災に関する一般的な参考情報として制作したものであり、特定の状況における避難・待機・帰宅行動を一律に推奨するものではありません。年齢、体力、持病の有無、家族構成、季節・天候等によって適切な備えや行動は異なります。実際の行動にあたっては、ご自身や周囲の方の状況、周辺の安全、行政・施設等の最新情報を踏まえてご判断ください。
◆本コラムは、「帰宅困難者支援施設」等が一定程度機能している状況を前提として、帰宅抑制と一時待機を検証したものです。津波や火災などの直接的な危険がある場合、また支援体制が整っていない場合には、直ちに安全確保を最優先し、状況に応じて適切に避難・行動してください。
◆被害想定はあくまでモデルケースであり、想定外の事態が起こる可能性もございます。また、一時待機等の指針や制度は更新される場合があります。常に最新の情報・指針を参照して行動していただきますようお願い申し上げます。
◆実際に被災し、帰宅困難者向けの支援施設等に避難する際には、物資・設備・通信環境・電源の状況、施設の受入体制等により、コラムで挙げた装備や行動がそのまま実行できない場合があります。現地の案内や各施設の運営方針に従って行動してください。