(前編より続く)
前夜はラジオを聴きながら19:00に就寝し、途中で2度目覚めたものの、6:00まで休むことができました。安定した睡眠につながったのは、この体験で初めて使用したノイズキャンセリングイヤホン※2です。周囲の物音が抑えられたことで熟睡でき、不安感も和らぎました。
※2 日常的に使用すると聴力その他に影響が出る可能性もありますので、あくまで緊急時のみの使用とお考えください
カプセルホテルの環境にも徐々に慣れ、精神面も落ち着いてきました。朝の時点でスマートフォンの残量は65%。日中は使用を抑え、必要に応じて夜に充電する計画です。
日中は晴天で気温も上がり、ラウンジでの作業は比較的快適でした。午前中の仕事を終えるころには空腹感が強まり、昼食にクリーム玄米ブランを食べました。カカオ味は食べやすく、味の変化があることの大切さを感じます。開始から44時間で水分摂取は約1.8リットルとやはり少なめ。加えて運動不足も気になり、荷物を常に携行しなければならない状況から、貴重品管理の難しさを改めて痛感しました。
夕方には、アルミシートの使用テストも行いました。カプセル内で広げてみると、想像以上にガサガサと大きな音が出て、たたむのにも手間取りました。これ1枚だけでは十分な防寒効果は期待しにくいものの、防水性があるため、雨具として使ったり毛布と併用したりすれば、一定の効果は見込めそうです。避難所など人目が気になる環境向けに、静音タイプも売られているようなので、今後試してみたいと思いました。
その後、スマートフォンで東京都の首都直下地震の被害想定資料※3を確認し、『帰宅支援マップ 首都圏版』※4を広げて帰宅ルートを再検討しました。カプセル内という狭い空間で地図や資料を広げる状況は、実際の災害時に近いと感じました。
あわせて、NTTの災害用伝言ダイヤル(171)に電話をかけ、合流希望地点を伝言として録音し、家族に聞いてもらいました。使い慣れていないと、すぐには操作できないものです。事前に試しておくことをおすすめします。
※3 東京都防災ホームページ「首都直下地震等による東京の被害想定」3章 想定される被害(区部・多摩地域の被害量)⇒https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1000902/1021571.html
※4 昭文社『帰宅支援マップ 首都圏版』⇒https://ec.sp-mapple.jp/collections/maps-other/products/9784398680792
最終日、早朝4:30に空腹感で目が覚めました。朝8:00の時点でスマートフォンの残量が25%まで低下していたため、残量49%のモバイルバッテリーで充電を開始。スマートフォンは50%まで回復したものの、バッテリーはついに使い切ってしまいました。7~8年使用していることもあり、買い替えの必要性を感じます。今回の充電状況から見ても、3日間の待機がひとつの限界に近い印象です。
実際の災害時にはスマートフォンの使用頻度がさらに高まり、電池の消耗も早まるでしょう。また今回、夕方にチェックインしたことで新たな気づきがありました。一時待機の目安は72時間ですが、発災が夕方から夜にかけてだった場合、72時間が経過する頃には再び夜になり、行動が制約される可能性があります。そのため、実際には翌朝までの約84時間、待機を続ける必要が生じるかもしれません。こうしたことを踏まえ、乾電池式の充電器も買い足しておこうと思いました。
チェックアウト後は晴海のコワーキングスペースへ移動しました。背もたれとクッションのある椅子に腰を下ろした瞬間、これまでとの環境の差をはっきりと実感しました。ホテルのラウンジの硬い座面の椅子でも辛かったこともあり、避難所の簡易な椅子や硬い床に長時間座り続けながら業務を行う状況を思い浮かべると、BCP(事業継続計画)の観点からも、その負担の大きさ、業務継続の難しさを改めて感じました。
ここで、検証を通じて特に必要性を実感したアイテムを挙げておきます。ただし、これらはあくまで一例に過ぎません。滞在環境や家族構成、健康状態、季節などによって、求められる装備は大きく異なります。
今回の検証は、電気や水道といったライフラインが確保され、清潔な寝床やシャワーも利用できるカプセルホテルという、比較的整った環境で行いました。しかし実際の災害時には、こうした前提条件そのものが確保できない可能性があります。
とりわけ懸念されるのは、衛生環境の悪化や、体調管理の難しさです。また、避難所では周囲との距離が近いため、人間関係の摩擦やストレスも無視できません。さらに、発災時刻によっては72時間が経過しても夜間にあたり、安全に移動できない場合も想定されます。そのため、実際には少なくとも84時間(=24時間×3.5日)程度の待機を見据えた備えが必要だと感じました。
加えて、今回はPCを使用し、一定の充電環境も確保できましたが、災害時には電源の確保自体が困難になる可能性があります。通信や情報収集、さらには業務継続においても、大きな制約が生じることを前提に備える必要があるでしょう。
2011年3月11日14:40過ぎ、水天宮前駅付近の新大橋通りを歩いている最中に激しい揺れに襲われました。標識や街灯は大きく揺れ、ビルはきしみ、車も停止。揺れは体感で5分以上続いたように思います。
その後、当時浜町にあった拠点の社員と合流して浜町公園へ避難。ラジオで震度6強と知り、茨城の家族の安否が気がかりになりました。自宅への電話がつながらない中、現地解散となり、地図や水、食料、現金を確保して、約80km先の自宅を目指し国道6号を北上しました。
体験4日目。15年前のあの日、地震に遭遇した場所から、当時の打ち合わせ拠点や浜町公園を通り、40kmもの帰宅を開始した地点に再び足を運びました。あのとき、国道6号を目指し右に曲がった東日本橋の交差点に立った私は、今は右ではなく、左に進みます。なぜなら前の晩、東京都の被害想定や『帰宅支援マップ』を確認しながら帰宅ルートを入念に検討した結果、隅田川の東側は被害が大きくなる可能性が高く、国道6号沿いの移動は現実的ではないとの結論に至ったからです。今なら、私は池袋から板橋方面を経て埼玉県へ向かい、家族には戸田まで迎えに来てもらうよう災害用伝言ダイヤルに録音しておくつもりです。
もっとも、この判断も実際には安全ではないかもしれません。細い路地は倒壊した建物や火災で通れなくなり、大通りは多くの人や緊急車両でごった返しているかもしれません。人が密集し、群集雪崩のリスクが生じる場所もあるでしょう。ラジオなどを駆使して情報を集めながら、常に安全を確保し、慎重に行動しなければならない――そう改めて肝に銘じながら、この場を後にしました。
今回の検証で改めて感じたのは、被害想定はあくまで目安にすぎず、実際には想定外のことが起こり得るということです。だからこそ、自分の身を守る「自助」と、周囲と支え合う「共助」の意識が、いざというときの大きな力になる、と感じました。
また以前、当社主催の防災イベントに参加された行政関係者の方から、次のような言葉をいただきました。「行政や消防、警察、医療関係者といった『公助』を担う人々も、大災害の際には同じ被災者なのです」自助、共助、公助のいずれが欠けても、大規模災害を乗り切ることはできない――そう強く感じました。
体験の最後に私が導き出した「歩かず、待機する」「紙の地図で安全なルートを探す」という選択も、あくまで大都市で私が直面した状況下でのひとつの答えに過ぎません。もしあなたが海沿いにお住まいなら「一刻も早く高台へ逃げる」ことが最優先になり、地方にお住まいなら「車中泊の備え」が重要になるかもしれません。
災害の形も、必要な備えも、決してひとつではありません。東日本大震災から15年というこの節目に、ぜひ「自分の住む街で、自分の家族構成なら、何が本当に必要なのか」を想像し、ご自身の備えを今一度アップデートしてみませんか。
構成・執筆:稲垣 宏樹(旅行書ライター、Webライター)
シミュレーション終了後、コワーキングスペース近くで熱々のビーフペッパーライスを食べた瞬間、思わず涙が溢れました。15年前、40kmの帰宅の途中で無心にかき込んだ焼肉定食の記憶と重なったからです。そして驚くべきことに、肉と油、温かい食事を胃に入れた途端、頭のモヤが晴れ、判断力や思考力が劇的に回復するのを感じました。カロリーメイトなどで熱量は足りているつもりだったのに、です。「3日間非常食だけで過ごした人間の脳に、災害時の正常な判断力を期待するのは難しい」これもまた、事業継続計画を考える上で気づきを与えてくれる経験となりました。
本コラムを最後までお読みいただき、ありがとうございます。 東日本大震災から15年。あの時あなたはどう行動し、今、どのような備えをしていますか? ぜひ、あなたの率直な声や、ご自宅等での「独自のサバイバル術(工夫)」をお聞かせください。皆様からいただいた声は、今後の防災発信や、より良い備えのヒントとして活用させていただきます。
(回答目安:約2~3分/無記名式の簡単なアンケートです)
▼アンケートはこちらから▼
https://ma.mapple.net/enq/?com=mapple&id=ichijitaiki_column
)) おことわり ((
◆本企画は、被災体験そのものを完全に再現することを目的としたものではなく、一人の生活者として体調や安全に配慮しながら、無理のない範囲で実施した疑似体験・検証です。待機や帰宅の疑似体験・訓練等を行う際は、くれぐれも安全に留意し、無理のないようお願いいたします。
◆本コラムは、防災・減災に関する一般的な参考情報として制作したものであり、特定の状況における避難・待機・帰宅行動を一律に推奨するものではありません。年齢、体力、持病の有無、家族構成、季節・天候等によって適切な備えや行動は異なります。実際の行動にあたっては、ご自身や周囲の方の状況、周辺の安全、行政・施設等の最新情報を踏まえてご判断ください。
◆本コラムは、「帰宅困難者支援施設」等が一定程度機能している状況を前提として、帰宅抑制と一時待機を検証したものです。津波や火災などの直接的な危険がある場合、また支援体制が整っていない場合には、直ちに安全確保を最優先し、状況に応じて適切に避難・行動してください。
◆被害想定はあくまでモデルケースであり、想定外の事態が起こる可能性もございます。また、一時待機等の指針や制度は更新される場合があります。常に最新の情報・指針を参照して行動していただきますようお願い申し上げます。
◆実際に被災し、帰宅困難者向けの支援施設等に避難する際には、物資・設備・通信環境・電源の状況、施設の受入体制等により、コラムで挙げた装備や行動がそのまま実行できない場合があります。現地の案内や各施設の運営方針に従って行動してください。