「そうは言っても、一体どんな風に美術館を楽しめばいいの?」という方のために、今回は東京都美術館学芸員の稲庭彩和子さん、東京藝術大学特任准教授の伊藤達矢さんに、美術館の楽しみ方についてお話を伺いました。
実は、東京都美術館と東京藝術大学が2012年から開始した「とびらプロジェクト」という活動に携わっているお二人。その活動には、なにやら美術館を楽しむヒントが隠されていそうです。

私たちがお教えします!

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東京都美術館 アート・コミュニケーション担当係長・学芸員 稲庭彩和子(いなにわ さわこ)さん
1972 年生まれ。青山学院大学大学院、ロンドン大学UCL修士修了。東京国立博物館に非常勤勤務の後、助成を得て大英博物館にて職業研修。2003年より神奈川県立近代美術館にて展覧会および地域や学校と連携したプログラムに従事。2011年より東京都美術館に勤務しソーシャル・プロジェクトや展覧会「キュッパのびじゅつかん」等を企画。共著に『100人で語る美術館の未来』(慶應義塾大学出版会、2011)、『TOKYO1/4が提案する東京文化資源区の歩き方』(勉誠出版、2016)等。お気に入りの美術館は、神奈川県立近代美術館 葉山 http://www.moma.pref.kanagawa.jp/
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東京藝術大学 美術学部特任准教授 伊藤達矢(いとう たつや)さん
1975年生まれ。東京藝術大学美術学部油画専攻を卒業後、同大学大学院美術教育専攻修了(博士)。東京都の被災地文化支援事業である「Art Support Tohoku-Tokyo」のワークショッププランニングや、福島県会津地方で行なわれている「森のはこ舟アートプロジェクト」ではディレクターを勤めるなど、人々と地域の文化資源を結びつけるアートプロジェクトを多く手掛ける。共著に『ミュージアムが社会を変える文化による新しいコミュニティ創り』(現代企画室、2015)など。お気に入りの美術館は、アール・ブリュット はじまりの美術館http://hajimari-ac.com/
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-お二人に単刀直入にお伺いします!「美術館の楽しみ方がよくわからない!」という方は、一体どうしたらいいんでしょう?

稲庭さん |
直球ですね(笑)。そうですね…例えば美術館で展覧会を見るときに「ひとつだけ選んで、誰かにプレゼントできるとしたら?」という気持ちで見てみる、というものがあります。どれを誰にあげたら喜ばれるかな…なんて考えたら、絵の見え方が変わってきますよね。他にも、事前にWEBでどんな作品が出ているのかな?とその画像を見ておくだけでも、実物とデジタル画像の印象の違いから、本物ってやっぱりインパクトあるなぁと思えることがあります。「確かにWEBで見た自分が知っている作品」なんだけれど、実物を目の前にすると全く印象が違う、そう感じる自分の直感を大切にしてみる。それはつまり、作品を体験する、ということがなんですよ。 |
-「体験する」というと…?

稲庭さん |
自分の背丈で楽しむ、と言い換えてもいいかもしれません。先ほどの例だと、作品が「なんだかすごいもの」として見るよりも、「自分が誰かにプレゼントするもの」として見た方がより自分らしい観点で鑑賞できると思いませんか?自分がいいなと思ったものを選びとって、それをじっくり堪能する。それこそが美術館を体験することだと思うんです。 |

伊藤さん |
美術館には、こう見なければならない、こう感じなければいけないという決まりはありません。逆に、それがないからこそ「自分がどう感じたか」が一番の価値になるんです。簡単に言ってしまうと、好奇心のままに、自分のペースで鑑賞するというのが一番の楽しむコツ。美術館はもっと自由に楽しんでいい場所なんですよ。どの作品に、どのくらい時間をかけるか、どんな順番で見るかというのも自由です。自分が見たいものを見たいだけ見る。それでいいんです。 |
-なるほど、なんとなくわかってきました。でも、たくさんある作品のなかからどれを「体験」すればいいのか迷ってしまいます。

稲庭さん |
そんなときは難しく考えずに、「なんとなく自分と波長が合うな」と思える作品を見つけてみてください。そして、ゆっくり、じっくり向き合ってみるんです。向き合うというのは、その作品の色や形や全体の雰囲気を眺めながら、自分はどうしてこれが好きなのかな、と考えてみること。「好き」には必ず理由があるはずですから。 |
-それが「自分らしく体験する」ということなんですね。

稲庭さん |
作品と出会うのって、人と会うのと似ているんですよ。人と出会ったときって、第一印象がありますよね。私たちは無意識のうちに、相手の見た目や、声や、仕草から色々なことを感じ取っています。ですから、作品に「なんとなく好き」と感じたら、そこには何か理由があるんです。それを深く考えることは、自分について考えることにもつながってきます。 |

伊藤さん |
自分1人であれこれ考えるのもいいし、家族や友達とその体験をシェアするのもいいですよ。
私は子供を連れて家族で美術館に行ったときは、それぞれが好きな作品を見つけておいて、家族同士でそれを紹介しあっています。自分のお気に入りの作品を紹介するのも楽しいですが、子供が思いもよらない作品を選んできたりして、その理由を聞いてさらにビックリすることもしばしばです。大人になると、知識で作品を理解しようとしてしまいがちですが、そういった考え方からいったん離れて、素直に自分の感覚で作品を見るというのもいいものですよ。 |
-確かに、美術館って勉強をするところというか、何かを学んで帰る場所、というような気がしていました。

稲庭さん |
現代は「自分のペースで体験し、それを深めていく」ということが様々な分野で求められている時代だと思います。深めるというのは、ただ見る、知るというところから一歩進んで、そのことによって「自分の領域を広げる」といったような意味合いですね。そして、美術館もそんな時代のニーズに合わせてどんどん進化しているんですよ。 |

伊藤さん |
従来の美術館は、良い作品を良い環境で見られることや作品についての正しい知識が得られることが求められていました。しかし、これからの時代はそれだけではなく、美術館といういわば社会のなかの「装置」が、人と人、人と作品の出会いの場、対話の場、体験の場になっていくことが求められているんですよね。 |

稲庭さん |
そこで、美術館は何ができるだろう、ということを考えた結果「とびらプロジェクト」や「Museum Start あいうえの」といったアート・コミュニケーションの試みが始まったんです。 |
「とびらプロジェクト」とは?

「とびらプロジェクト」とは、東京都美術館と東京藝術大学が連携して行なっているアートを介してコミュニティを育むプロジェクトです。人と、場所と、作品との出会いや対話を促進するアート・コミュニケーター「とびラー」(東京都美術館の愛称「都美(とび)」と、「新しい扉(とびら)を開く」の意味が含まれています)たちが、一般の方々に美術館に足を運んでもらうための企画や障害のある方の鑑賞サポートや、自主企画のワークショップなど様々な活動を行っています。毎年一般公募から選ばれる「とびラー」の年齢や職業、経歴は多種多様。彼らがフラットに語り合い、互いの持ち味を生かしたプロジェクトを日々考え、実践しています。ちなみに、「とびラー」の任期は3年とされており、プロジェクトを通して成長した「とびラー」たちが、任期終了後はその経験や力を社会に生かしていくという「ソーシャルデザイン」のプロジェクトでもあります。

(左)現役大学生「とびラー」発案の「ミュージアムクエスト」謎解きパンフレット
(右)東京都美術館を紹介するオリジナルマップ「トビカンみどころマップ」も全て手作り
「Museum Start あいうえの」とは?

「Museum Start あいうえの」は、「とびらプロジェクト」と連動した、18歳以下の子供たちの「ミュージアム・デビュー」を応援するプロジェクトです。「とびラー」と上野にある9つの文化施設が一体となって、子供たちの作品との出会いの場づくりや、自発的・能動的に考えたことや発見したことを深めていく「アクティブ・ラーニング」を支援しています。大人と子供が一緒に楽しむためのプログラムや、小中学校と連携したプログラム、教材の貸し出しなどの活動も行っています。

(左)プログラム参加者にプレゼントされる「ミュージアム・スタート・パック」
(右)「ビビハドトカダブック」には子供たちの体験のヒントがたくさん
-面白そうなプログラムがたくさんありますね!

伊藤さん |
気軽に参加できるツアーやワークショップ、アーティストとの交流会など、常にいろいろな活動が実験的に行われています。美術館と大学と、そして多種多様なバックグラウンドを持つ「とびラー」たちが出会い、ディスカッションすることで、これまでにない美術館体験のきっかけがどんどん生まれています。 |

稲庭さん |
また、東京都美術館のある上野エリアは日本、いや、世界でもここしかないのではないかというくらいの文化施設集合地ですから、そのロケーションを生かさない手はありません。あいうえのの活動の中には恩賜上野動物園と東京都美術館が共催する「本物の動物と、作品になった動物に会いに行く」というワークショップもあるんですよ。「とびらプロジェクト」の活動が5年目、「Museum Start あいうえの」の活動は4年目に入り、施設を横断した試みなども本格的に実現しはじめています。 |
-美術館も、どんどん変わってきているんですね。

伊藤さん |
そうですね。昨今でこそ、こういった美術館を体験するための展示やプログラムは全国各地で充実してきていますが、未だに「美術館には昔行ったけれど、美術とかよくわからなかったな」という印象のままの方も多いのではないでしょうか。でも、今の美術館って本当に変わってきていますよ。
美術館や作品との出会いや体験というのは自転車の乗り方と同じで、一度習得すると「できなくなる」ということがありません。一度体験すると、どんどん楽しくなるし、また行こう、という気持ちになれるはずです。
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稲庭さん |
美術館にある作品は私たちに、普段の生活の中ではなかなか触れることのない多種多様な価値観を伝えてくれます。それに美術館って、日常のことを忘れ、自分の役割を離れて、ちょっと旅をするような気持ちになれる場所ですよね。仕事や勉強の合間の気分転換にもぴったりだと思いますよ。美術館そのものだけでなく、ロケーションや景観、併設のカフェのスイーツなど、楽しめるポイントもたくさんあります。 |

伊藤さん |
そうそう、普段気軽に行くなら、常設展がおすすめです。なぜならあまり混まないから(笑)。というのは冗談ですが、比較的ゆっくり、自分のペースで回れるところが多いと思います。
また、常設展のいいところは作品が変わらずそこにある、ということですね。企画展だと一度きりしかみられない場合が多いと思いますが、常設の作品なら何度でも会いに行ける。会うたびに印象が違っていたり、新しい見え方に気付いたり、時には別の作品が急に気になったりする。作品を通して、自分自身の変化にも気付くことができます。 |
-常設展ですか!確かに、あまり行ったことがないかもしれません。昔見たことがある作品を今もう一度見るというのも面白そうですね。

伊藤さん |
あとは、最近の美術館は写真撮影OKのエリアを設けていることも多いですから、ぜひ撮ってみてください。SNSに載せてみたり、他の人の投稿を探してみたりすることで、新しい見え方や発見があるのではないでしょうか。
「どんな風に楽しんだらいいのかな、自分は楽しめないんじゃないかな」という思いは取り払って、まずは一度、美術館に足を運んでみて欲しいと思います。 |

稲庭さん |
たとえば、料理のレシピ本を買って、載っている料理を全種類作る方はなかなかいないと思います。でも、その1冊の中の1品でも2品でもばっちり習得できたとしたら、十分その本の価値を手にしたことになるのではないでしょうか。美術館での体験もそれと同じで、1つでも自分が「好き」と思えるものと出会うことができれば、それで十分「美術館を楽しんだ」といえると思いますよ。 |