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コラム

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Vol.1
江戸随一の繁華街であった麹町。そこは同時に、複雑な番町を案内するニーズから生まれたといわれる新しいタイプの地図「江戸切絵図」の制作が著しく発展した地域でもあった。
奇しくも地図とガイドの専門出版社である小社が本社を置くのもこの麹町。
「江戸切絵図」の復刻版制作で名高い岩橋美術 岩橋さんご夫妻とともに、江戸末期の「地図」という「工芸品」をあらためて考察し、現代の麹町の街並みから江戸の「ものづくり」精神を偲ぶ二回シリーズです。

『“麹町、150年前からずっと地図の町„ Vol.2』

“麹町、150年前からずっと地図の町„

昭文社本社の最寄り駅である有楽町線麹町駅と半蔵門線半蔵門駅。昭文社は、今年からその二つの駅構内に、“麹町、150年前からずっと地図の町„ という文言を謳った企業広告を掲出しています。
大きく目を引く二枚の地図は、江戸時代後期の麹町を描いた尾張屋清七版の江戸切絵図「外桜田永田町絵図」と、昭文社の2011年度版「街の達人 東京23区便利情報地図」。当時とさほど大きく変わったようには見えない麹町の道区画は、見比べるほどなかなか見応えがあると思いますが、駅をご通行の方々の中にも時折熱心にご覧いただいている方がいらっしゃるのをお見かけし、とても嬉しく存じます。
さてこの看板で使用した江戸切絵図、実はその制作・販売の中心地も江戸当時の麹町だったのです。当時の麹町十丁目(現在の六丁目付近)にあった近吾堂という荒物屋が手がけた江戸切絵図は、同じく麹町六丁目(現在の四丁目付近)にあった尾張屋が工夫を凝らし改良して、大ベストセラー商品となります。
地図の町としても江戸の歴史に名を刻んだ “麹町„。その地に現在本社をおく地図・ガイドの専門出版社として、わたしたち昭文社も江戸切絵図のリーディングカンパニー「尾張屋」にひとかたならぬ縁と畏敬を感じます。

尾張屋の江戸切絵図「外桜田永田町絵図」を求めて

看板のデザインに使用した、尾張屋の「外桜田永田町絵図」。150年前のものとはにわかに信じがたいほど鮮やかな色彩を誇る図版です。この図版の原図、実は国会図書館に所蔵される貴重なものですが、その画像データを特別にご提供頂いたのは、美術書を中心とした編集・制作を手がける出版社「岩橋美術」。なんと岩橋美術は、十年以上の歳月をかけ、岩橋文武さん・正子さんのご夫婦お二人だけで、見事に尾張屋清七版「江戸切絵図」全32図を復刻されたのでした。
昭文社の駅看板を制作する過程でも、岩橋さんご夫妻には色々とご協力をいただきました。その後も江戸切絵図についての資料提供など様々な点でご教示いただき、その折々で、復刻にいたる経緯などをお聞きする中で、わたしたちはお二人の復刻出版活動そのものに心を打たれ、ぜひもっとお話をお聞きしてみたい、と思うようになりました。
そこで、今回のコラムでは、岩橋さんご夫妻を昭文社本社にお迎えし、復刻版制作の経緯やエピソードをたっぷりとお伺いすることにしました。また、江戸と現代という新旧の地図を手にして実際に半蔵門・麹町周辺を散策し、お二人と一緒に江戸の時代を偲び語ってみることとしました。
岩橋さんご夫妻の復刻にかける想いと “地図の町„ 麹町の豊かな風情をどうかお楽しみ下さい。

岩橋美術による江戸切絵図の復刻 〜きっかけ〜

江戸時代の町火消の装束を描いた錦絵をもとにした私家版の編集制作を、江戸町火消の保存会から依頼されたのがきっかけで、まず最初は江戸切絵図に触れました。江戸の町火消64組の管轄区域などについての解説書を制作するため、当時の町名と地域の対応などを調べる必要がありました。
そしてその過程で、国会図書館に所蔵されている非常に保存状態の良い江戸切絵図に出会います。そこでそのあまりの美しさにもう圧倒されてしまったのです。それ以来、いつかぜひこの江戸切絵図を復刻したいと願うようになりました。
江戸切絵図の魅力はなんといってもその美しさ、色の鮮やかさですが、さらに虜になるのが、見れば見るほど驚嘆するほかないようなきめ細かく描かれた情報、そして高度な版画技術に支えられた制作者たちの努力の痕跡です。
さらに江戸切絵図には、なんともいえない地図のもつ味というか性格が備わっているような気がします。江戸切絵図は一枚ごとに方角や縮尺もまちまちなのですが、だからこそそこになにやら独特の背景やドラマを感じとることができるんです。当時の社会情勢や市場環境、生活のざわめきまで、なぜか様々な光景が生き生きとそこに立ちのぼるような気がするんです。

岩橋美術による江戸切絵図の復刻 〜みちのり〜

いつかは復刻をと夫婦二人で決意してからしばらくして、国会図書館所蔵の切絵図の撮影許可を受けました。それが平成7年です。その後、復刻許可を受けたのが平成15年6月、最初の二図の発行にこぎ着けたのが平成16年7月です。それから隔月で二図ずつ制作・販売を続け、平成19年1月、ようやく32図全図の復刻を完成させました。
図版を撮影してから復刻にかかるまで8年もかかっているのは、各図に付記する “索引„ を制作していたためです。現代の地図にも必要不可欠な “索引„、それがあればこの復刻版の利用価値も大いに高まると考え、当初から “索引„ をつくることは心に決めていましたが、それがなかなか容易ではなかったんです(笑)。
本所深川など武家屋敷が密集する地域は文字が極端に小さく、彫師に脱帽しながら細かい読み取り作業の毎日でした。くずし字の判読や今の辞書に無い漢字の読み方など、手間が多く何度も挫けそうになりましたが、最終的に各絵図の裏面に人名、地名、寺社名索引を付け、さらに全32図の総索引を別冊として作りました。100頁余りの冊子になりましたが、これによってお買い上げいただく皆様が、歴史小説や浮世絵との照らし合わせがより簡単にできる便利な江戸切絵図となったのではないかと自負しています。



『“麹町、150年前からずっと地図の町„ Vol.2』


江戸の面影を訪ねる
対談の後、岩橋美術の「復刻版江戸切絵図」と昭文社の「東京都区分地図 千代田区」を手に携えて、半蔵門から麹町四丁目の交差点尾張屋跡まで江戸を偲びつつ散策! さてどんな発見があるでしょうか。

【半蔵門からの風景】
「広重の浮世絵に、日枝神社の天下祭りの行列が半蔵門から城内に入っていくところを描いたのがあります。麹町一丁目の弁慶堀際から遠望した作品ですが、堀の様子や門内からのぞく樹木の姿など、当時の面影が今も色濃く残っています。」(岩橋文武さん)


【麹町大通りを歩く】
このあたりが江戸一番の繁華街であったとはいまとなってはなかなか想像がつかないが、歴史の古い町らしく、いまでも細かい道区画が当時のように残っている。新旧の地図を手に歩いてみるとそんなこともよく分かる。


【麹町三丁目付近】
昭文社本社のある麹町三丁目周辺。町人屋敷に赤穂浪士たちが隠れ住んでいたというのも有名な逸話。


【岩城桝屋跡】
昭文社本社の目の前、江戸時代から続く「小西三誠堂薬局」さんや全国屈指の呉服屋だった「岩城桝屋」跡の案内板などを眺める。


【麹町四丁目付近】
今回の企画の中心テーマである「江戸切絵図の尾張屋」があったとされる麹町四丁目付近の案内板を眺める。駅看板に江戸切絵図を使用したいというアイデアはここからはじまった。



『“麹町、150年前からずっと地図の町„ Vol.2』




 

【岩橋美術】
平成2年(1990)美術書を中心とした出版物の編集・制作工房としてスタート。企画から文章構成、写真撮影、編集、レイアウト、印刷、製本まで、書籍制作の全てを引き受ける。平成16年7月、自社企画の復刻「江戸切絵図 全32図」を刊行開始、平成19年1月無事完結。多くの江戸研究家、時代小説愛好家から高い評価を得ており現在も全図発売中。
URL:http://www.iwabi.jp/

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