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コラム

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昭文社が提供するサービスの根幹を支えている「地図情報」。情報技術が成熟した現在、地図に関連した新しいデジタルコンテンツが次々とリリースされています。今回のコラムでは、道路地図出版の円熟期に地図編集部長を経験し、現在はデジタルコンテンツ分野を中心に活躍する飯塚新真に、デジタル時代を迎えた地図の意義やあまり知られていない地図の豆知識などを紹介してもらいます。

<プロフィール>
東京生まれ。中学生の時、親に買ってもらった2万5千分の1地形図(国土地理院)「吉祥寺」が本格的な地図との出会い。自分が住んでいた公団住宅の建物形状や等高線の精緻な地形表現に魅せられた。高校では、東大で地理学を修めた2名の優秀な先生に恵まれ、気候区分や地図投影法に触れる。1986年、昭文社入社。編集部都市地図課、大阪支社勤務を経て、地図編集部情報課長、SiMAPシステム部長、地図編集部長を歴任。

あなたのご自宅の表記は何?現在の住所表記のなりたち

日本の住所には2種類の表示の仕方があるのをご存知ですか?ひとつが、土地を登記する際などにも使われる “地籍„ に付された “地番„ をもとに表示するパターン。そして、もうひとつが、昭和37年に施行された「住居表示に関する法律」に基づいて付けられた表記です。私たちになじみがある「○丁目○○番○○号」というような表示が、この住居表示に関する法律に基づいて付けられた表記で、昭和37年の施行以来、急速に整備されてきました。一部の地域では、法律の施行から50年が経った今でも、大字(おおあざ)○○とか、字(あざ)○○といった表記が残っていることがあります。この表記が、先述した “地番„ を使った住所表示ということになります。
カーナビを使っていて、住所がうまく検索されない時がありませんか?そのような場所は、まだ住居表示に対応されていない可能性があります。ドライブの際にそんなことがあったら、「まだ住居表示に対応していないかもしれないね」と言うと、通っぽくなれますよ(笑)。
昭文社の設立が昭和35年ですから、昭和37年からの住居表示が急速に拡大していった時代とも重なっています。創業以来、昭文社が日本の住所表記の普及に果たした役割も非常に大きかったといえますね。

地図製作に隠された工夫と製作者ならではの地図の楽しみ方

地図情報をいかに迅速かつ効率的に集めるかというのが、地図製作者の大きな仕事のひとつですが、集めたデータをどのように表現するか、というのも重要です。○○町○丁目という形の表現は全国的にも多いと思うんですが、地図の縮尺に応じて表示の仕方を調整しています。たとえば、拡大した地図で渋谷1丁目、渋谷2丁目と表示されているものが、縮尺が小さい地図になると、エリア全体を渋谷として囲んで、当該の地区に1、2という数字をふる表現に変わります。そういったノウハウはスマートフォンなどで見るデジタル地図の表現にも役立てられていますが、このように細かくいろいろな工夫を添えながら、ルールを細部まで書かなくても、見た人が読みやすい表現が考慮されているというわけです。
先述の通り、日本の地名は、住居表示と地番表示が併存しています。私が、仕事を離れて地図を読むときに楽しいなと思うのは、たとえば、奈良県などは土地柄歴史ある地域なんですが、地名がとても興味深くて、字(あざ)が入った地名がたくさん残っているんですね。それらは中世の古文書にもたくさん出てくる地名ばかりなんです。一方で、すぐ隣には “けいはんな„ (関西文化学術研究都市の愛称)などの比較的歴史の浅い地域が光台1丁目、光台2丁目といった地名で存在するんです。過去から現在までの名称が、同じ地図なかで併存しているわけです。中世から現代の歴史が一枚の地図上で取り扱われていると考えると楽しくなります。古い地名が失われ、新しい住居表示に統一されてしまうと、個人的には少し味気なくなりますが、背景にはそういった地番が地層のように積み重なっていることを意識すると地図も違った見方ができるかもしれません。

デジタル時代の到来で、地図製作の醍醐味はますます深まる

約30年、地図の製作に関わっていますが、地図は紙でなければいけないというこだわりはありません。あくまで地図製作者の使命は、「地図情報を生活者に届けること」。長年にわたり地理情報の収集を行ってきて、いかにその情報を早く、正確に地図に反映させるかにやりがいを感じてきました。紙の地図が主流だった時代は、原版をつくったら修正も難しいですし、まとまった数の発注がないと印刷すらできませんでした。しかし、デジタル化がすすむと、情報収集した成果が、いちはやく商品として反映できる体制がとれるわけです。道路が開通した情報は、大きな高速道路などを除いて新聞やテレビで紹介されることもありません。しかも、どこがどうつながったという地理空間的なネットワークは地図屋しか知らせることができないんですよね。その意味でも地図のデジタル化によって、メディアとしての地図屋の真価が問われる時代になったと言えますね。
デジタルになると、縮尺も自由なので、地図製作者がもっと頑張らなければいけないかもしれません。地図製作にあたっては、縮尺に応じた情報を取捨して盛り込むんですが、どんな地図にも仕様書が必ず存在します。道路の幅は何ミリにしようとか、大きいお寺は大きい文字で小さいお寺は小さい文字にしようという細かな基準です。また、お寺を地図上に記載するにしても、すごい数のお寺がありますから、史跡として指定されているお寺は記載するなどと、細かく採否基準を設けます。しかし、その一般原則で京都や鎌倉の地図を作るとすると、ほとんどのお寺が掲載するべき重要な物件だったりするわけです(つまり地図は寺だらけ…)。そうすると地域限定で適用される基準をつくる必要がでてきます。アナログの時代は、仕様書を尊重しながらも、その限界を地図製作者がなめらかに補完していたのです。今後は、そうしたアナログの特徴をデジタルにも反映させつつ、それぞれの優れた点を活かしてバランスよく両立させていきたいと思っています。

発見と手触り感のあるデジタル地図を目指して

デジタルの最大の利便性は、目的地までの検索と計測が即座にできることです。ただ一方で、「目的地までの沿道ではどんな景観が見られるのか」とか「この場所は、昔修学旅行で行った場所じゃないか」という偶然性のある発見は少なくなります。かつてベストセラーになった斉藤孝さんの『声に出して読みたい日本語』という本では、文章を目で読むのも良いけど、声に出して感じることでしっかりとした日本語の力が身に付くという言語の身体性が強調されています。地図も同じで、目的地を検索してピンポイントの情報だけを拾うのではなくて、地図を広げて空間的な広がりを感じながら体を使うことで豊かな想像力を育むという一面もあると思います。今後は、紙が持っている偶然の発見や想像力を養ってくれるような工夫を、デジタルの領域でも追求できたら良いなと思っています。

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